Stop Screaming

Wax Master Maurice / CrazyTunesがまさかの再発&デジタル化。

オリジナルリリースは95年。20年越しのリイシューって。




amazonで買えてしまうという、20年前の自分は絶対想像出来ない・・・。
http://www.amazon.co.jp/Crazy-Tunes-Explicit-Master-Maurice/dp/B00S1ZGBN6/

Weekends And Beginnings

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最近よく聞いてるMister Saturday NightのMixCD。

ライブミックスということだけど、ヴォーカルものポイントで配置しつつ、ビルドアップしていく展開は飽きさせず、丁寧な作り込みは音楽への情熱が凄く滲み出て感じさせてくれて、なかなか良い。ネットによるフリーで聞けるミックスが溢れ、DJ名で検索すればプロモーション用に流したと思われるライブミックスやPodCastはすぐに見つかってしまい、BerghainですらミックスCDをリリースするのをやめた現代、ミックスCDを作るとなるとコンセプチャルな方向(例えばコンピレーションアルバムのmix化など)に走りざる得ない場合の方が圧倒的に多い流れの中で、こういうものを作るのは本当に意欲的でないと取り組めないものでしょう。

インタビューを読むとバックボーンがOptimoとBody&Soulというところも興味深い。
http://diskunion.net/clubt/ct/news/article/1/48933

Mister SaturDay Nightの音源を聞くと今時なレフトフィールドなテクノ/ロウハウス的なものが多いし、今回のミックスCDでも多用されてるわけですが、ボーカルもののチョイスはそのバックボーンが反映されてのものなのだな、と思われます。

Mister Sundayでの動画の模様。MoodyMann、Todd Tejreなどの錚々たるメンツが間近のDJブースでプレイ。超ピースフル。



自由かつフリーキーなこの感じ、憧れます。

Rebuild for 2015

さてさて2015年が始まりました。去年は音楽的活動はたまにミックス作ったくらいで、飲み会ノリの延長線上のDJを引き受けて少し音を鳴らしたりもしましたが、自分の考えに基づくようなものはほとんど生み出せてなかった。理由を上げるとキリないですが、加齢による肉体的問題、精神的問題、そして環境問題は相変わらず付き纏い、歩みの遅さを加速させる。

そんな状況の中で、極たまに、DJ何ぞでサウンドをミックスし、音楽と戯れていると、自分の音楽への向かい方が「音楽が好き」という感情から生まれてくるものでは無く、単なる音フェチの部分によるものが強いなと、今更ながらに気が付かされる。日本は世の中はアイドルソングやEDMが花盛りで、楽曲中心の音楽の議論がされるをたまに拝見しますが、自分が昨年追いかけていたのはraw houseと呼ばれるアナログ機材をメインにした極めてプリミティブなダンスミュージックやら、テクノと結合したdubstepの亜種やら、インダストリアルとテクノとドローンが結合したようなエレクトロニックミュージックだった。

音、サウンドでどれだけ「ブッ飛べる」のか、まるで初めてTB303の、あのレゾナンスのツマミを変化させたときの音を聴いた時の衝動を今また再確認している。嗚呼、10代に気がついたあの感情はまだ自分の底に眠っていたんだ、と。

音楽は既に「コミュニケーションツール」であり、音への評価軸は置いていて、同じ趣向の人間を探し出し、コミュニケーションするためだけの趣向判定ツールのための触媒と化したと思える。SNSなどのコミュニケーションに対して、自分は積極的にコミットする時間的余裕も余りないのもありますが、情報収集のためのコミュニケーションは有効だろうし、音楽を取り巻くカルチャーを知識欲求としては知りたいですが、ネットの「クラスタ」と呼ばれる属性に積極的に帰属したいとは全く感じない。今はシンプルに音への好奇心をいかにして満たすかだけが重要になっている。

「音を聴く」という行為から生まれてくる感情が、歳を取れば取るほどより薄く、皆無に近づいていくけれども、それを渇望している自分は全く消えることはない。今の自分のベースとなる音楽への向き合い方は、音による刺激から生み出される思考/視点の変化を渇望すること何だと思う。知識はネットによって当たり前に手に入る。もはや音楽を聴く前からどんな音楽なのかわかってしまう。その「わかってしまう」理解したと思わせられる所を音楽が破壊してくれるのを期待している自分がここにいるのです。まあ、月並みな例えでが、アーティストたちが歳を取ると、作品性が大きく変貌してゆき、極めてパーソナルな作風になりがちなのはそういうことじゃないのかなと。

2015年は破壊と再生で行きたいなあ、などと呑気に構えて行きたいと思います。